「えーと・・・」
手元にはチェッカーと呼ばれる端末。
棚に書かれたコードを読み取り、個数を入力するとサーバー上のデータと照合して在庫確認が出来る仕組みだ。
スチール棚に磁石つきのクリップでメモ帳を貼って、それを確認しながら入力作業。
小さな液晶画面に出てくる商品名と、実物の個数をきちんと見て、間違いがないか確認して、入力して、次へ。
以前の研修で先輩には、新人はスピードは気にしないでしっかり確認して入れるように、と言われている。
「に、し、ろ、や・・・」
じゅう。
「イノチノ タマ」と書かれている液晶画面の下、カーソルが点滅している。
そこに、イチ・ゼロとボタンを入力して・・・
コッ
・・・?頭になんだか軽い衝撃、が??
ナニコレ?両肩にはそっと温かみのあるような何かやわらかくもしっかりした物体が乗っているよう、な・・・?
気のせいか?その割にはドンドン頭が重くなっている気がする。
制帽越しの衝撃は誰かの顎なんかじゃないだろうし?肩から背中にかけて誰かに体重掛けられるとかないだろうし??
「・・・いてぇ・・・っス・・・」
ぎぎぎ、頭に掛かる重みにあまり動かない首を後ろに向けると、白い制服の裾が見えた。
「新人君、おつかれさまー?」
声がっ、頭蓋骨から響く・・・っ!!なるほどこれが骨伝導かー!って違うっ!!!!
「ク、クダリさん、重たいのと俺の背が縮むんでやめてくれませんか・・・」
「うん、わかったー」
ようやくボスの体重から解放され、ボスに向き合う。相変わらずニコニコとしたクダリボスを前にしてふと思う。
さっき様子を見に来たって言って交換所にいたのに、何故ココにボスがいるんだろうか?
「ボク、キミの様子を見に来た」
・・・さいですか。俺の心を読んで先回り回答有難う御座います。
「それに受付にいた子、いつも爪が長い。ボク刺されたら嫌だからこっちに来た」
刺された事あるんですか!?
「ないけど」
ですよねーーーーーーーー!!!!!!
そして俺の心読むのマジでやめてくれませーん!?
「君の事全然知らないから、知りたくて・・・、だからここに来た」
「・・・あ、天然のタラシなんですね、合点がいきm・・・」
「?」
何 を 口 走 っ て い る ん だ お れ ! ! ? ?
慌てて両手で口を噤む。
わけが分からないのか、首を傾げるクダリボスに何でもないですと一言言うとクルリとボスに背を向ける。
変な事口走ってイタイ子扱いも嫌だ、何かにつけていじられキャラになるのも嫌だ俺はひっそり生きて死にたいんだそうなんだ。
むぐむぐと言葉を飲み込み、ボスの登場と同時に逃亡した冷静さを呼び戻す。
落ち着け落ち着け、深呼吸だ、スーハースーハー・・・。
まだ在庫管理のチェックが終わっていない。
さっき確認したところが「いのちのたま」だから・・・。
・・・。・・・。あの、ボス・・・?貴重なアイテムでお手玉しないでもらえます?
ヒョイヒョイと器用に遊ぶクダリボスの姿に滝のような汗が流れ落ちる。
それ高いんです、めっちゃ高いんですお願いヤメテー!
そんな俺の心の叫びが通じたのだろう、(だってこの人俺の心読めるもん)元の場所にアイテムを戻したクダリボスはグインと効果音が付く勢いで此方に顔を向けてきた。
「な、なん、ですか?」
「仕事は慣れた?」
「えっ!?え、えぇ・・・、いや、まだまだですけど」
「どこまで覚えた?」
「えっと・・・在庫管理のチェックと、窓口業務と、あと少しだけ点検を」
「すごーい!まだ仕事始めて1ヶ月も経ってないのに!そこまで出来るなんてすごい!」
「えっ、い、いやいや!まだまだですよ」
「仕事を覚えるのが早い新人君、先輩達とは馴染めそう?」
「えぇ、いい人たちばかりですし。気にかけてもらってますし」
「いい人!だよねっ、ボクもそう思う!」
ニコっと笑顔が咲く。おお、これがエンジェルスマイルというやつか・・・。
パアァァって効果音がなっているんじゃないかって位のとびきりスマイルを前に目を細めつつ少し逃げ腰になるのはこの人の笑顔に慣れてないからなんだ、うんそうきっとそう!
「あっでも」
「は、はい!?」
人があまり立ち入らない倉庫で周りは無音に近い中、ボスの声はよく通る。
・・・ビクッとなんてしてないってば!本当だ!
「ボクあの爪に引っ掻かれるのは勘弁かな~~」
空を見て思案顔でそう言った後、チラリとこちらに向けられる視線。
それはまるでいたずらを仕掛けた子供のような。小さな秘密を自分にだけ明かしてくれた特別な時のような。
「・・・プッ!自分もそれだけは嫌ですね」
何かを二人だけで共有したような気持ち。フフ、と笑うボスに釣られて自分も笑ってしまう。
この人はすごい。たった少しの会話で人の気持ちにするりと不快なく入り込める人なんだ。
よくノボリボスと比較されて子供っぽい言動とかに気を取られがちになるけれど、この人はこれが素でこうなのか、それとも計算なのか。
どちらにせよ、すごい事に変わりはない。
「さぁ、あと少しで終わるでしょ?早く受付戻らないと引っ掻かれちゃうよ?」
「わわっ、戻ります戻ります!」
そういえば、と倉庫の中に掛けられた壁掛け時計を見ると、在庫チェックを始めてそろそろ30分になりそうだ。
入力だけ済ませてチェッカーを腰のホルダーに終い、まだ隣に居るクダリボスに視線を向ける。
腕を組んで壁に寄りかかりながら、笑顔を絶やす事はないクダリボス。
「早く仕事を沢山覚えて、早くバトルできるようになると、いいね」
「っ!ハイッ!」
さぁ行こう、と寄りかかっていた体を正し、俺の背中をポンポンと叩き倉庫の扉を先に出る。
クダリボスに当初抱えていた、得体の知れない上司への不安というか緊張というか(今思えば大変に失礼な感情であるが)、そんな気持ちが跡形もなく消えて、俺は彼の後ろについて行った。