指の先を彩る、赤
慎重に、着実に
一つ一つを、ゆっくりと赤で染め上げていく
「わたくしに、塗らせて頂けませんか?」
それ、と指されたのは手の内にあったマニキュアの小瓶。
少々呆気に取られる。だって彼は、
「…おかしいでしょうか?」
少し目を丸くさせて首を傾げる彼。
なぜ私が呆気にとられたのか、きっと彼は知らない。
ううん、と首を左右に振って「よろしくお願いします」と彼の白い手袋がはまった手のひらに小瓶を置いた。
「以前から見ておりましたが、様々な色合いのマニキュアをお持ちですね」
目を輝かせて小箱を眺める彼。
マニキュアが詰まったこの小箱は私の宝もの。
マニキュアの小瓶がそれぞれ持った色合いの宝石に見えてまるで宝石箱のようで。
キラキラ、キラキラ
見ているだけでうっとりしそうな所に、彼の手が一つの小瓶を摘み上げた。
「赤?」
「えぇ、貴方様に似合うと思いまして」
その小瓶は赤のマニキュア。透明度のある、赤。
その小瓶を持って、片手は私の手を引いて。
向かうのは二人で座るのにぴったりなソファー。
そこに私を座らせると、彼は恭しく私の前に跪いて、右手を片手でそっと持ち上げた。
私の手を握りつつも、小瓶から蓋を取ると刷毛に付き過ぎた赤い液体を少し内側に落として。
彼の目が普段と比べて少し細くなる。
目の前のことに集中するときの顔だ。
その視線が私の指先に注がれる。
少し、鼓動が早くなった気がした。
***
彼女の部屋で過ごすゆったりとした時間。
そして、幾度となく彼女が自らの爪先に行っていたその行為。
彼女の仕事柄、派手なネイルアートなどはしないものの、週末などは少しだけ目立つ色を選ぶのを知っています。
手入れをしていて、楽しそうな表情をしているのを何度も見てきました。
ですから
「わたくしに、塗らせて頂けませんか?」
わたくしは、貴方様の楽しそうに綻ぶ顔を正面から見たいと思ったのです。
彼女の了承を得て、覗き込むのは彼女の所有物であるマニキュアの小瓶達。
様々な色に、おっと、こちらはラメが入っているものもありますね。
様々な小瓶の中から迷っていて、わたくしの目を引いたのは透明度の高い赤色でした。
摘み上げて光にかざすときらりと光って、とても彼女に似合うと思ったのです。
彼女の小さな手の爪先に、赤を落としていく。
普段彼女が塗る行為を見ていたからか、あまりムラなどなく塗れていると思います。
現に
「・・・ねぇ、前にこうやって他の子の爪を塗った事とか、あるの?」
なんて。少々気まずそうに聞いてくる貴方様が、とても愛らしい。
「いいえ?これが初めてで御座います」
あっそう、と素っ気無い返事に彼女の顔を伺うと、わたくしと視線を合わせない様に顔を思い切り横に背けておりました。
しかし、少し寄った眉、耳と頬の赤みはしっかりと見えていて。
その可愛らしさに思わず口元が緩みます。
「貴方様が塗るところをよく見ていましたから…」
塗り終わったつま先に触れないよう気をつけながら、そのまま手の甲に口付けを落とす。
はっと彼女がこちらを振り返るのが分かります。
「やはり、貴方様にはこの色が一番映えますね」
緩んだ口元を隠すことなく、彼女に微笑みかける。
掴んでいた手を、指を絡ませるようにして握り締め、今度は手首にキスを。
「貴方の肌はとても白くていらっしゃいますから…」
更に少し進んで前腕の内側に唇を触れて、今度は少々強く吸い上げて赤色を落とす。
「…っ!」
「ほら、とても赤色が映えますでしょう??」
片手で小瓶の蓋を閉めると、サイドテーブルへと置きます。
空いた手はエスコートすべく、彼女の腰へ添えて。
二人の距離を埋めるように、胴を密着させると更に赤みの増す頬。
今度はその頬に口付けを落として、互いの額を合わせて至近距離で彼女を覗き込む。
真っ赤にしたその顔はまるで、熟れた林檎のよう。
ああ、愛おしい。
さぁ、どうぞその艶やかな唇で。わたくしの名を呼んでくださいまし。
「…ノ、ボリ、さん…」
ペロリと全て、余すことなく平らげてみせましょう。
END
地味に前半が夢主視点で、後半ノボリ視点…。いや言われなくてもわかりますよねテヘペロ